【国連ユースボランティア(UNYV)】海外ボランティア派遣から学んだこと
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こんにちは。平本 亘(@follow_me_peace)です。
今回の記事では、私が5か月間の国連ユースボランティア(UNYV)としての活動から学んだことを紹介していきます。
国連ユースボランティア(UNYV)プログラムに関心のある方は是非読んで見てください。
私は2019年9月から2020年2月の5か月間、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボにある国連人口基金(UNFPA)に広報担当として派遣されていました。
派遣に至った経緯になどについては下記の記事をご覧ください。
私は2019年2月の末に日本に帰国し、3月から就職活動を開始しました。
そこで、国連ユースボランティア(UNYV)の経験を振り返り、整理する機会に出来ればと思います。
では、実際に見ていきましょう!
こんな人におすすめ
- 国連ユースボランティア(UNYV)に関心のある方
- 海外ボランティアに関心のある方
- 海外赴任について知りたい方
目次
国連ユースボランティア(UNYV)の経験から学んだこと
では、はじめに国連ユースボランティア(UNVY)の経験から学んだことについて見ていきます。
国際連合について知る
国連という組織を内部から観察できたことは、国連ユースボランティア(UNYV)として活動した経験の中でも貴重だったと感じます。
私は小学生の頃に「国際連合(UN)」という組織について学び、漠然と
- 大きな組織
- すごい組織
- 国際的な組織
といったイメージを持っていました。
国際協力について学び始めてからも、国連に対して崇拝的なイメージを持っていました。
そのような組織に対して、内部に入り込み、実際に働き、組織を作りあげる側に回ることができたことは重要でした。
国際協力に関心を持ち始めた当初は、現地の人たちと直接関わる、所謂「草の根」の活動に魅力を感じてきました。
それが、私にとって「国際協力」だったからです。
しかしながら、草の根活動である現場を支えているのはバックオフィスで、事務作業なのだということを目の当たりにし、その意義について深く考えるきっかけとなりました。
同じようなことは医療現場でも同じですね。
現場は医者や看護師が担当しますが、病院は会計や経理などの事務作業をする人がいないと成り立たないですよね。
全員がいて、国際協力が成り立つということを理解することができたと思います。
社会全体に対しても言えることもかもしれませんね。
SDGs(持続可能な開発目標)の達成に欠かせない視点
SDGsの達成には民間企業の活動が欠かせないということを再認識できました。
これは、SDGsで掲げられている17番目の目標である「パートナーシップで目標を達成しよう」がいかに大切かを学んだということです。
SDGsは、国連とセットで語られることが多く、一見、国連が牽引しているように見えます。もちろんそれは正解ですが…
実際は資金繰りの面などでそこまで大きな影響力を持つことができないということを目の当たりにすることができました。
また、国連本部・地域事務所・各国事務所でレベルが違うことも理解できました。
そのうえで、影響力を持って開発課題の解決を手掛けることができるのは、民間のそれぞれの企業であると強く感じました。
SDGsの達成と経済活動は密接な関係があり、影響力を持って実際に行動に移すことができるのは国連機関ではなく、民間の企業だと感じました。
国際協力は誰のため?
国連ユースボランティア(UNYV)の活動を通じて、国際協力は誰のためのものなのかを再度深く考えることができました。
その中で、国連が行っている活動に対して違和感を持つことができたことは大きな成長でした。
レポートや論文に関われているような机上の空論だけではなく、実際の現場を目の当たりにして
国連のここは違う
と言えるようになったことは大きな成長ではないでしょうか。
実際のできごとについて、お話することはできないのが残念です。
ボスニア・ヘルツェゴビナから学んだこと
次に、ボスニア・ヘルツェゴビナという国から学んだことについて見ていきましょう。
ボスニア・ヘルツェゴビナってどんな国?という方は以下の記事をご覧ください。
辛い歴史を持つ国から見えるものとは?
ボスニア・ヘルツェゴビナでは、25年前まで民族浄化にまで至る紛争をしていました。
当時、兵士として戦闘に加わっていた方々もまだ40代で、多くの建物に弾痕が残っているなど、当時の記憶も鮮明です。
言わば、50年ほど前(1970年)の日本と同じような状況です。
私はボスニア・ヘルツェゴビナ滞在中に、スレブレニツァという街へ訪れずれました。
スレブレニツァでは、紛争時に8000人以上の方が虐殺されたと言われる街で、スレブレニツァのジェノサイドは第二次世界大戦後で最悪の事件だと言われています。
そのスレブレニツァへ行った際にガイドさんから当時の話を多く伺いました。
実の兄が殺害される現場を目撃した。
銃弾の中を必死に走り回った。
そんな話を実体験談として聞くことができ、鳥肌が立ちました。
また一方で、当時の紛争に二面の物語があったことも忘れてはならないと強く感じました。
敵側から見れば、敵側のストーリーがあるとうことを理解しておくことが大切ですね。
日本が戦争をしたいたのは75年も前の話で、当時の記憶が薄れつつあります。
平和な世界を作っていくには、当時の記憶を忘れず継承していくことが必要なのだろうと感じました。
海外で働くということ
今、就職活動をしていると
グローバルに働きたい!
世界各地で活躍してほしい!
ということをよく耳にします。
しかし、私はボスニア・ヘルツェゴビナという海外の国でボランティアをした経験から、グローバルに働くということがとてつもなく難しいことだと理解しました。
私も以前
グローバルな世界で活躍したい!
と考えていました。また、そう思って、国連ユースボランティア(UNYV)に応募しました。
しかし、グローバルな世界には、英語圏ではない国がたくさんあります。
ボスニア・ヘルツェゴビナにおいても
- ボスニア語
- クロアチア語
- セルビア語
が主流で日常会話で、英語が出ることはありません。
私たちが想像するグローバルな世界は、英語でしかないのだと実感しました。
現地の言葉が話さなければ、仕事なんてない、そんな経験ができ、”グローバル”の持つ意味を再認識することができました。
また、留学をしたから、海外で働けるというわけではないようです。
私は過去にアメリカの大学に留学した経験がありますが、留学≠海外赴任だと確信しました。
自らの成長のためと行く留学
と
その場で成果を残す海外業務
似ても似つかないものですね。
日本について振り返ろう
関西学院大学において、国連ユースボランティア(UNYV)に派遣される目的は
世界を知り、日本を知り、己自信を知る
です。
世界各地で経験を積むことで、世界を鏡にして日本を見ることができるのです。
そして、自分自身を振り返る。
関西学院大学では、国連ユースボランティア(UNYV)を含めた国際ボランティアという留学から帰ってきた学生に向けて、1学期間かけて振り返りを行う授業があります。
これまでの5か月間の活動と他の国で活動した仲間の話と比較し、より深い学びにしたいと思います。
【国連ユースボランティア(UNYV)】海外ボランティア派遣から学んだこと
いかがだったでしょうか?
帰国してから約2か月が経ち、国連ユースボランティア(UNYV)としての活動を整理できるようになってきました。
今後、社会に出てからも、国連ユースボランティア(UNYV)での経験を活かすことができれば幸いです。
これからも、国連ユースボランティア(UNYV)に関する情報の提供を続けていきたいと思います。